はじめに
前回は、
風鈴との最初の出会いを書きました。
今回は、その続きを歩きます。
風は、
誰かのためだけに吹くものではありません。
参拝へ向かう人にも、
立ち止まる人にも、
写真を撮る私にも。
同じ風が、
静かに寄り添っていました。
鈴が鳴るたび、
そのことを教えられるような時間でした。
風は、人のそばを通り過ぎる。
写真では伝えきれない、風が人の時間を通り過ぎるひとときを映像で。
写真は一瞬を切り取ります。
映像は、その一瞬に流れていた時間を届けてくれます。
風鈴が揺れる音、木漏れ日、参道を吹き抜ける風。
約2分の映像で、氣多神社の夏をゆっくり感じていただけたら嬉しいです。
光の中を、風が渡っていく

見上げると、
風鈴は一直線ではありませんでした。
竹に吊るされた鈴は、
ゆるやかな曲線を描きながら、
参道の奥へと続いています。
風はまっすぐには進まない。
木々を抜け、
枝葉を揺らし、
光をまといながら、
一つひとつの鈴へと順番に触れていく。
澄んだ音が、
遠くから近くへ。
近くからまた遠くへ。
その響きは、
まるで風そのものが歩いているようでした。
私はシャッターを切りながら、
風景を撮っているのではなく、
流れていく時間を写しているような気持ちになりました。
人は歩き、風は残る

透明な風鈴を一つだけ選び、
そっとピントを合わせました。
奥では、
三人の参拝者がゆっくりと歩いています。
誰も空を見上げてはいません。
誰も風鈴を数えてもいません。
けれど、
その歩幅に合わせるように、
鈴は静かに揺れていました。
人は通り過ぎていく。
風も通り過ぎていく。
でも、
鈴の音だけは、
ほんの少しだけ境内に残ります。
だからでしょうか。
あとから思い返すのは、
見た景色ではなく、
耳に残った音だったりします。
暑い夏の日だったはずなのに、
記憶の中では、
風だけが心地よく吹いています。
写真は、音を写せない。
けれど、
音を思い出させることはできる。
風鈴の写真を見ると、
あの日の「チリン」という響きまで、
心のどこかで鳴り始める。
それが、
写真の持つ不思議な力なのかもしれません。
おしまいに
参道を歩く人の姿も、
鈴の音も、
やがて境内の静けさへ溶け込んでいきます。
風はいつまでも留まることなく、
また次の誰かのもとへ。
だからこそ、
その一瞬が美しい。
次回はいよいよシリーズ最終回。
本殿へ続く風鈴の回廊を歩きながら、
夏の終わりではなく、
風の余韻を写真と言葉で綴ります。
ー 風は通り過ぎる。でも、その音は心に残り続ける。ー

- 名称:氣多神社
- 住所:富山県高岡市伏木一宮字大平2063
- 電話番号:0766-44-1836(氣多神社)
- 定休日:年中無休
- 営業時間:社務所は日中
- 駐車場:あり
- 関連サイト:公式サイト
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営業時間や料金等は変更となる場合がありますので、ご訪問前に公式サイト等で最新情報をご確認いただくことをおすすめします。




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